#2 私はロボットではありません

「人生は選択の連続である。」

 

劇作家シェイクスピアの名作『ハムレット』の中の有名なセリフである。この言葉はぼくが生活する今の世界にも大きく影響を与えていて、きっとみなさんも一度は聞いたり言われたりしたことがあるのではないだろうか。

 

確かに、人生は選択の連続だ。

現代社会は、細部にまで選択の網が張り巡らされている。しかも、その人の価値観やルーツにかかわるような重い選択を簡単に迫ってくるから厄介だ。

 

先日、ぼくのスマホに再ログインを促す画面が表示された。ログインIDとパスワードを入力した後、写真が九枚表示され、「山のタイルをすべて選択してください。」という指示、その下にチェックボックスと「私はロボットではありません」という宣言が出てきた。ぼくはクイズが好きではあるが、この「私はロボットではありませんクイズ」は苦手だ。この「私はロボットではありませんクイズ」は、非常に難しく、重い選択を迫ってくるからである。

このクイズで難しいのは、「山」をどう捉えるかである。ぼくは長野県で生まれ育った。長野に行ったことがある人はわかると思うが、長野は四方八方を山に囲まれている。生まれてからずっとどこを向いてもその先には山が見えていた。千メートルを越える山々に囲まれた環境で育ったぼくの基準で考えたとき、高尾山は大きめの「丘」だ。しかし、高尾山はその名のとおり「山」なのである。このクイズにおいても同じ問題が発生する。

「山か丘か」問題である。

この写真は大地が盛り上がっているが、低めであるから「丘」と判断すべきか、それとも高尾山的な「山」なのか。これは、ぼくのルーツに問いかけるタイプのクイズなのだ。非常に重い選択なのである。

 

なら、大地が盛り上がっていればとりあえず「山」と回答すればいいではないか。そう考える方も多いだろう。ただ、それはあまりにも安易な考えだ。なぜかというと、ロボットは「大地ガ盛リ上ガッテイル、コレハ山ダ」という判断は容易にできそうだからだ。このクイズは、自分自身がロボットではないことを証明することで正解に近づく。つまり、人間であれば「山か丘か」くらいの判断はできるだろうという前提で正解が設定されているはずだ。非常に難しい選択である。

このクイズにはほかにも種類がある。「信号のタイルをすべて選択してください。」や「車のタイルをすべて選択してください。」がその代表例だ。車クイズは比較的簡単だが、信号クイズは山クイズ同様難問である。信号を支える「棒」の部分は信号と判断してよいのか。ぼくは信号の専門家ではない。テレビで見たことがある「信号大好き少年」も、コレクションとして「棒」は集めていなかったと思う。ということは、あの部分は信号ではないのか。

 

ぼくは再ログインのたびに、自分の価値観やルーツと向き合っている。自分がロボットではないと証明するのは、あまりにも難しい。選択を誤ると「人生」ではなく「ロボ生」を歩むことになるのだから。